看護師やめて離島ガールになりました
いつも記事を見てくださってありがとうございます。
わたしは、離島を転々としてるアクティブガールです。
今日は、わたしがどうして離島ガールになったのかを
お話したいと思います。
今のわたし
わたしは今24歳なのですが、
今まで行った離島は10を超えます。
北は佐渡島、
です。
今は宮古島に長期滞在をしていて、
もうすぐ2ヶ月が経とうとしています。
もともと旅行が好きで、
大学の時は暇とお金があれば旅行し、
24歳の秋に最後の県新潟に行き、
全都道府県を制覇しました。
あと攻めるのは離島だな、ということで
今は離島めぐりをしているわけです。
でもどうして
そんなに離島めぐりができるのか・・・。
ここに至るまで
たくさんの 迷い と
勇気ある 決断 がありました。
離島ガールになる前は…
わたしは離島ガールになる前は
大阪で看護師をしていました。
生まれてからずーっと奈良県の田舎に
住んでいたわたしは、都会に憧れて大阪で
一人暮らしの生活をスタートしました。
看護師は給料は悪くはないし、
病院には綺麗な寮もあったので、
生活にはある程度余裕もありました。
次の日が休みや夜勤であれば飲みに出て、
連休があれば旅行に行き、
社会人生活を満喫していました。
しかし、わたしが配属された科は、
HCUという場所で、
入院しているところで、
勉強することは山のようにあるし、
機械もややこしいし、とても神経を使いました。
そしてなんとか1年は乗り切りましたが、
それからも辛いことが重なり、
命を預かる仕事ということ
看護師という女社会は
全てをうまくは運んでくれませんでした。
看護師はコミュニケーションや連携プレイが
特に大事な仕事です。
人付き合いがあまり得意でないわたしには
仕事中だけでなく、お昼などの休憩時間にも
居場所がなくなっていきました。
そして軽いうつ状態に…
仕事もそうですが、人間関係にもしんどくなった
わたしは軽いうつ状態になっていました。
仕事に行くのが嫌で、
2階にある職場までの階段を泣きながら登ったり、
朝の患者さんの情報収集時間でも
涙が出たりしていました。
中高私立の学校に通わせてもらい、
公立ではありますが4年制の大学に
通わせてもらっていました。
それなのに、2年も経たずに仕事を辞めるなんて
そうそう言えるものではありません。
親には3年は続けるように、と言われていました。
仕事内容も嫌だし、人間関係も嫌だし、
こんなの続けていけるわけがない・・・。
でもなかなか親には言えない・・・。
仕事を辞める理由を書き出してみた
そこで私は仕事を辞める理由を
書き出してみることにしました
- 仕事内容が重すぎる
- 人間関係が嫌
- 連休が少なくて旅行に行けない
- 給料が他の病院と比べて少ない
- ワーキングホリデーに行きたい
- 看護師の免許があればすぐに次の仕事が見つかる
書き出してみると、わたしの気持ちは
今の仕事をやめる!
という形に固まっていることに気がつきました。
離島ガール決断下す!
もう悩みはありません。そして親に相談しました。
もちろん親は大反対し、
3年はしてほしいと懇願されました。
でももう気持ちがしんどすぎる、
それにワーキングホリデーは
30歳までしか行けないから早く行きたい、
そうしないと婚期に遅れる!!
と説得し、12月で退職するという決断をしました。
結局 看護師は2年も経たずにやめてしまいました。
そして
今わたしは宮古島にいてゆったりライフを楽しんでいます。
大阪で看護師を続けていたら
絶対に出会えなかった素晴らしい方々とも
仲良くなることができています。
趣味だったカメラもフリーランスのカメラマンとして
少しずつ成長もできている気がしていますし、
もちろん
ワーキングホリデーに行く準備も着々と進んでいます。
たくさん悩みましたが、
ちゃんと決断を下して良かった、と今では思います。
これからも
離島のアクティブガールをよろしくお願いします♩
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